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 アイコン 獄誕おまけ小説

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それから3日が経った、10月の13日の木曜日。

俺は学校から帰って来ると、これから始まるパーティの準備のため、忙しく母さんの手伝いをしていた。

現在、午後四時半。

パーティは一応5時集合ってことになってるから、もう少ししたら京子ちゃんやハルがやって来るはずだ。

部活をやってる山本やお兄さんは、少し遅れて参加する予定でいる。

(獄寺くん今日も結局学校来なかったな…)

――以前彼からの連絡が入ることは無く、行方もわからないまま今日を迎えてしまっていた。

けれども、それでも自分は今日のこの日に、わずかなりとも期待をしていたんだ。



あの自称右腕の少年は、沢田家の居候兼家庭教師の赤ん坊を大変崇拝しているから、

いくら込み入った事情で姿をくらましていたとしても、何かしらのアクションを起こしてくるかもしれない。

――そう踏んでいた。

(それにもしかしたら、久しぶりに姿を見せてくれるかも…)

――プラスおまけ程度ではあるが、自分の誕生日祝いも兼ねているのだ。

少なからず彼は自分のことを好いてくれていたようだし、もしかしたらヒョッコリ顔を出してくれるかもしれない。

(獄寺くん、来てくれるといいなぁ……)

そんな一縷の望みを胸に、俺は今やるべき仕事をこなすためにと、頭を切り替えた。



5時ぴったりになって、京子ちゃんとハルがやってきた。

彼女たちは家に着くや早々、忙しく働いていた俺の代わりに、母さんの手伝いを買って出てくれた。

テーブルに食器やナプキンを用意したり、出来上がった料理を皿によそったり、

自分がするよりもずっときれいで手際が良い。

(――普段から家でやってるんだろうな。

やっぱり女の子ってすごいなぁ。男の俺なんかよりも、ずっと自立してる感じがする――)

何も出来ない自分と比べるのは間違っているけれど、これだけ家事をこなせていれば

将来ひとり暮らしを始めたって、困ることはそれ程無いような気がする。



――そして大体の料理が仕上がった頃、大声を張り上げながら、京子ちゃんのお兄さんがやってきた。

「沢田ぁ!!極限お邪魔するぞ〜!?」

お兄さんの声が家の中を木霊するように響き渡った。

「お兄ちゃん、ここはよそ様のおうちなんだから、

もう少し声のボリュームを落とさなくちゃ!」

「――おお、京子。そうであったな!

気の知れた友人の家だと思ったら、すっかり気が抜けてしまっていたようだ!」

いやあ、すまんすまん!がははははは〜!」



――全くという程人の話を聞くことが出来ない人である。

これが京子ちゃんと血のつながった実の兄妹なんだから、不思議だ…。

相変わらず、いついかなる時も全力疾走な人だなぁと感心さえ覚えてしまう。



「――もうっ!お兄ちゃんったらっ!」

そんな兄の横でほんのり頬を染めている京子ちゃん。

そんな表情もまるで花が咲いたように可愛らしい。



(うわぁ…、京子ちゃん今日もかわいいなぁ。

自分の家で誕生日を祝ってもらえる日が来るなんていまだに信じられないよ…)

ほっこりと彼女を見つめたまましばらく感傷に浸っていたら、

いきなり強烈な足蹴りが後頭部にヒットして、ツナはその場に豪快にひっくり返った。



「――ダメツナ、顔がゆるゆるだぞ。もうちっと締まったツラは出来ねーのか」

「……あいたたた…。

! …リボーン、今頃起きて来たのかよ。

俺ひとりで母さんの手伝いしてて大変だったんだぞ?お前も少しくらい手伝えよな…!」

こいつめ、俺が呼んでも全然起きなかったくせに!

準備が終わった頃を見計らって起きてくるなんて、都合が良すぎるだろ…!

「なに言ってんだツナ。俺は今日の主役だぞ。

主役が仕事してどーすんだ」

「……はぁぁ? それ言うんだったら、俺だっていちおう祝われる側なんですけど…!」

言ってる意味がさっぱりわからん。

なんで俺だけあくせく働いて、おまえはずっと昼寝してんだよ!?

「――そんなの当たり前だぞ。

お前は俺の下僕だからな。そこんとこはしょーがねーだろ」

小さな赤ん坊は帽子のツバに手を掛けてニタリと笑った。

「…いや、ホント意味分かんないんだけど。

つーか、ひとの心勝手に読むなよな!」

なんかもうコイツを相手にしてるだけで、気力、体力、時間共に、全てにおいて無駄になる。

俺は不毛な会話を終了させるべく、無理やりにも話題を替えた。



「それより山本遅いなぁ。今日は部活早く終わるって言ってたのに…」

「なんだ、アイツまだ来てねーのか」

リボーンは大きな目をくるくるさせながら、うちの中をぐるりと一周見渡した。

「うん。もうそろそろ来てもいい時間なんだけど…」

「…そうだな。 ――それならツナ。おまえちょっと行って様子見てこい」

(……なんかまたしても、面倒くさい命令キタ〜〜!!?)

「えぇぇ!? なんで俺が…!」

「ぐだぐだ言わずに早く行ってこい。パーティが始めらんねぇだろ」

文句を言おうと口を開いたら、容赦なく『チャキ』っと愛銃を構えられて

俺はその場に固まってしまった。

「わわわ、わかったよ…!」

いつものパターンに、仕方なくフラフラとした足取りで玄関へ向かう。

(……まったくもうリボーンの奴、ホントにひとづかいが荒いんだから…)

俺は軽く靴を引っ掛けると、重たい足取りで外へと続くドアを開けた。





―――すると。



(――あ、あれ? なんか今、――の声がしたような…?)

夕暮れの空に特徴のある声音を拾った気がした。

心なしか、現在失踪中の彼のものに似ていたような気がしたのだが、果たして気のせいだろうか?

あまりの心配加減に幻聴でも聞こえてしまったのかと、自分の耳を疑ったけれど、

立ち止まり耳をそば立てていると、微かではあるが聞きなれた声が風に乗って響いてきた。

(幻聴じゃない…、本物の獄寺くんだ…!)

しかもそれは激しく、何かを相手にご近所に響くような怒声を上げている。

(やっと戻ってきたと思ったら、ホントに君はトラブルメーカーなんだから!

いったいどれだけ俺を心配させたら気が済むんだよ…!)

ツナは大きなため息をひとつ、茜色に染まる大空に向って吐いていた。

――多分だけれど、獄寺くんと一緒にいるのは彼だろう

(どーりで全然来ないはずだよ…) 

遠くから聞こえてくる、獄寺くんの怒声。

まわりに人だかりが出来てないといいんだけど。

(とにかく、早く行って止めなくちゃ)

こんな大声で叫ばれたらご近所さんにだって大迷惑だ。

履きかけの靴で転びそうになりながらも、俺は声のする方へと向かって走り出した。







「―――うるせー!テメーには関係ねーだろ!?」

「おいおい、俺はお前のこと親友だと思ってんだぜ?

友達なんだから、普通心配くらいすんだろ?」

「! 俺はテメーを友達だと思ったことなんて、一度もねーよっ!」

「まぁいいじゃねーか。ツナも心配してんぞ?

早く行って顔見せてやろうぜ! な?」

――こんなことが、早30分以上は続いている。



家から100メートルほどの距離を全力疾走して民家の角を左に曲がると、

親友二人はいつもと同じテンションで言い争い?(一方的に獄寺くんがケンカを吹っかけてるだけなんだけど)

をしていた。

見慣れている筈の二人の姿だったのに、実際それを目にするととても懐かしく思えた。

(――それだけ獄寺くんが居なかった時間が長かったってことだ)



「――獄寺くん!山本っ!」

俺は出来るだけ声を張り上げて二人を呼んだ。

――すると、親友二人は全く異なる表情を浮かべて、『パッ』とこちらをふり返った。

「おっ!ツナ!ちょうどいいとこに来たのな!」

俺を見止めた山本は、大きく手を振って俺を迎える。

対して獄寺くんはと言うと、驚きのあまり目を見開いたまましばらく固まってしまった。

「ちょうどこの先で獄寺見つけたんだけどな、ツナん家行かねぇって言い張ってきかねぇんだぜ?

ツナの言うことなら聞くだろうし一緒に連れててやってくれよ」

おおらかな山本は笑顔で俺を見やると、獄寺くんヘと促した。

しかし獄寺くんはと言うと、先程の元気とは裏腹に、まるで萎れた花のような姿で項垂れてしまっている。

ついさっきまで、声の限りに叫んでいたのだ。

大事な主に迷惑をかけてしまったかもしれないと、今頃になって気づいたんだろう。

「――あの、獄寺くん、大丈夫…?」

俺は声をひそめて彼の顔を伺った。

(はぁ…、こんなんじゃ怒れないよね…。

俺こういう君の顔に、ものすごく弱いんだよ…!)

なんて庇護欲を誘うのだ、この人は!



――すると彼は小さく口を開いて、戦慄くそこから言葉をこぼした。

「……あ、あの、誤解なんです…。ちゃんと最初からお伺いするつもりでした。

――でも俺、まだ心が定まってなくて、それでフラついてたら、コイツに見つかっちまって…」

小さく囁く彼の声は、さらさらと吹いている秋風に、絶え間なく鳴り響く虫の声に攫われてしまいそうな程、

頼り無いものだった。

それになぜか彼の瞳が透明な光を湛えていて、こんな道端でもそれを気にした風も無く、

苦しい心の内が、ツナに向かって溢れ出てしまっているようだった。



――しかし、そんな場にそぐわない重たい空気を打破したのは、いつも明るい親友の声だった。

「―なんだ、そーなのなー?

じゃあ、後はツナに任せて、俺先に行ってるわ。

小僧も待ってるだろうし、せっかくの寿司が傷んじまうだろ?」

山本は俺と獄寺くんの背中をパシンと優しく叩くと、

「遅くならないうちに来いよな!」と手を振って、軽い足取りで、あっという間に走り去ってしまった。





―― 一方、その場に残された二人は――。



「…獄寺くん、ここ目立つから、ちょっと場所変えようか?」

俺の提案で、沢田家の程近くにある公園へと二人は入って行った。



いつもに増して幾分元気の無い彼に、俺はポケットから小銭を取り出して、

近くの自販機でブラックの缶コーヒーを買った。

過ごしやすい秋の気候とは言え、太陽が沈んでしまえば辺りはだいぶ冷え込んでくる。

自分にも温かいココアを買うと、彼の待つブランコへと引き返す。

「はい、どうぞ」

俺がコーヒーを差し出すと、彼は少し潤んだ瞳で俺を見上げ、「ありがとうございます」と小さく呟いて、

それを受け取った。

そして俺も隣のブランコへと腰を下ろす。



『カシュッ』と音を立てて、缶のプルタブを開けると、

温かいココアが胃に染みて、なんかとてもおいしかった。

(……こうやって一緒にいるのって、…いつぶりだったかな?)

以前彼は缶コーヒーを握りしめたまま、何も無い地面を見つめていたけれど、

俺はそれをこそこそと眺めながら、「あぁ、やっぱり落ち着くなぁ」と、

理由の無い嬉しさが胸に込み上げてくるのを感じていた。



(――獄寺くん、ちょっと痩せた…)

思っていた程にはやつれてはいなかったけれど、やはり以前と比べてしまうと

髪や肌にツヤが無い感じがするし、全体的に皮膚に張りがない。

(きっと、ちゃんと食べてなかったんだろうな…。

やっぱり無理してでも探し出して、連れて帰るべきだっただろうか……)

そんなことを今更ながらに少し後悔してしまったけれど、

自分は信念を持って彼を待っていたのだから、それは間違っていなかった筈だ。

(こうやって自分のもとへと帰って来てくれた彼を、これからはもっとずっと大事にしよう…!)

と、ツナはその時心に決めのだった。



人気のいなくなった公園で、中学生の男ふたりが、会話を交わすわけでもなく

ただじっとブランコに座っているというのは、他人からすれば多少おかしく映るだろうが、

ツナはそれでも平気だった。

隣にいるだけで、こんなにも満たされる。

そういう相手が居ると言うだけで、自分はとても幸せになれるのだ。



――やっぱり俺は彼を手放せない。

(とても大切で、欠けちゃいけない人なんだ)

そう俺は心に刻むと、遠くを見ていた彼を見やり、ふと腰を上げた。

俺の立ち上がった気配にも気付かず、いまだにボーっとしている彼の目の前に体を持って行くと、

獄寺くんはゆっくりと視線を上げて、俺を捕らえた。



――そして、その瞳が驚きで見開かれる。



「――ねぇ、獄寺くん。みんな待ってるよ。

俺と、一緒に行こう?」

俺は無意識のうちに彼の手を掴んで持ち上げると、その冷たい手のひらを自分の手のひらで包み込んだ。

「俺さ、君が戻ってきてくれて、すごく嬉しいんだ。

……ずっと待ってたよ…。

途中、君のことが分からなくなって、すごく悲しくなった時もあったけど、

でも俺ね、何があっても君のこと、ずっと信じようって決めたんだ。

――もう迷わないって―。

だって君は俺に命もあずけちゃったのに、俺が君のこと信じなかったらおかしいでしょう?」

俺はクスクス笑いながら彼の手のひらを指先でサッとひと撫ですると、前へと引いた。

「―ほら立って! 遅れたらリボーンにお説教されちゃうよ?」



――ね?行こう?



彼は俺を呆けるように見つめながら、促されるように腰を上げると、

重く閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

「――じゅうだいめ。

ありがとうございます。

やっぱり俺は、一生掛かってもあなたには敵わないみたいです」

眉間に困ったようなシワを浮かべてはいたけれど、今日始めて見る、彼の笑顔だった。



――やさしくて、頼りない。

でも、いつも一生懸命で、とっても綺麗な君の笑顔。

淡く輝く碧の瞳が、満足そうにゆらゆらと揺れている。

そして、幾分色を取り戻した唇が、再び開かれる。

「――ひとつ、お願いがあるんです。

今日、パーティが終わったら、少しだけ、時間を頂きたいんです。

どうか、聞いてくださいますか?」



彼の願いに、俺は首を縦に振る。

――きっと、もう大丈夫。

俺たちはずっと一緒だ。





にっこりと笑い返すと、彼はまた少し涙目になったけれど、

俺はそれを見なかったふりをして、彼の左手を取ると、ゆっくりと我が家へ向かって歩き出した。



――ほんの短い間ではあったけれど、中学生の男ふたりが手と手を取り合って歩いていると言うのは、

他人から見れば、それこそ異様に映っただろう――。



でもそんなの、その時の俺には全く関係無かったんだ。





――俺はただ、大切なその手のひらを、もう二度と手放したく無かったんだ――。





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